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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4693号 判決

原告

高橋康子

外二名

右原告ら訴訟代理人

井上恵文

外四名

被告

右代表者

瀬戸山三男

右指定代理人

押切瞳

外四名

主文

被告は原告らそれぞれに対し、各金七三七万二〇六八円及びこれに対する昭和五〇年六月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。訴訟費用は五分し、その二を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決中原告ら勝訴の部分は、原告らにおいて各自金二〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

ただし、被告において原告らそれぞれに対し各金二五〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一(事故の発生)

亡健が本件事故当時相模原市上矢部八八八防衛庁技術研究本部第四研究所第一部重機械第一研究室所属の研究員(一等陸尉)であつたこと、右第一研究室の構成員である土橋室長、竹内技官、河西技官及び亡健の四名は、当時地雷処理用ローラー取付機構の研究に従事し、右第四研究所構内において地雷処理用ローラーを装甲車でけん引して予め土圧計及び演習用地雷を埋設した試験コース上を通過させ、これによつてローラー及び履帯による地雷受圧板の偏位量を測定記録し、地雷信管作動性を調査する試験を行つていたこと、昭和四〇年一二月一四日、右試験の実施中亡健がローラーに轢かれ、原告ら主張のような傷害を受け、同日死亡したことは当事者間に争いがない。

二(責任原因及び過失相殺)

〈証拠〉を総合すると、右研究試験は地雷処理用の機械開発を目的とするもので、前記第一研究室の室長である土橋が計画担当者となり、同人が主宰してなしていたものであること、また同試験は当時すでに二、三度実施しており、作業分担は土橋室長が全体の総指揮を、竹内技官が特殊車両の運転免許を有するところから装甲車の運転を、河西技官が試験器材、計測器材の整備、試験実施中における写真撮影及び試験後における資料記録の整理を、亡健が特科部隊勤務の経験があるところから試験の運用、連絡及び計測機器の操作を、それぞれ担当することに概ね決められており、具体的実施にあたつては、土橋室長がまず全体の状況を確認し、次に亡健がけん引用ロープを装甲車のフツクにかけたうえ装甲車の運転席にいる竹内技官に対し手信号で発進の合図を送り、それを受けた竹内技官が秒速約一メートルの速度で装甲車を発進進行させ、亡健は右合図後計測台に戻つて計測器材の操作を、河西技官は写真撮影を、土橋室長はローラーの作動確認を行うという方法で行われていたこと、事故当日も午前中に二、三度右試験を実施し、午後一時四〇分ごろ午後の第一回目の試験実施に入り、まず亡健が計測台の反対側に位置している土橋室長、河西技官から準備完了の合図を受けたうえ、装甲車後部のフツクに約一八メートルの長さのロープをかけ、装甲車の一、二メートル後方で装甲車の運転席の竹内技官に手信号で発進の合図を送り、ローラーのコース外に設けられた同地点から約一〇メートルの距離にある計測台に向かつて歩きかけ、一旦ローラーのコース外に出かかつたが、そのまま計測台に向かわず、その場からコース内に戻りロープの方に近寄つたうえ、再び計測台に向かおうとしたとき足を滑らせ転倒してロープの上に仰向けとなり、右の事態に気づいた土橋室長は直ちに大声で装甲車を停めるべく叫びながら装甲車を追いかけ、河西技官は直ちに亡健の傍に駆け寄つて亡健の手を掴み引つ張ろうとしたが、そのうちにロープの二又部分が近づいてきてそれに押えられたため河西技官も転倒して両名とも起き上ることができず、遂に両名とも幅五メートル、重量約四トンのローラーに轢かれるに至つたものであること、同コース一帯は赤土で、事故当時霜柱が融け、多少滑り易い状態にあつたこと、右けん引にあたつて装甲車を後進させてけん引する方法をとらなかつたのはロープをかけるフツクが装甲車の後部についていることに因るものであつたが、右装甲車の運転席から後方を確認するには運転席後部の窓を通してしかできないため、右試験実施の際は運転席の高さを下げるとともに装甲車後部の出入用扉を開けて手信号による合図を受け、そののち再び運転席の高さを元に戻したうえ発進操縦していたことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで、被告国が一般的に公務員に対し公務遂行のために設置すべき場所施設若しく器具等の設置管理又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つていることは被告も認めるところである。そして前記のように本件試験は第一研究室の研究の一つとしてなされたものであるから、右研究試験の実施にあたつては被告国はこれに従事する者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つており、しかして右研究試験は室長である土橋が計画担当者となり同人が主宰して実施していたものであるから、右土橋室長は被告の右安全配慮義務についての履行補助者というべきである。

そこで、土橋室長に履行補助者としての安全配慮義務の履行について不履行があるか否かの点であるが、前記認定事実によれば、本件事故は亡健が転倒した際直ちに装甲車の進行を停止すれば防ぐことができたはずであり、そのためには装甲車を後進させてけん引するか、仮にロープをかけるフツクの関係からそれが困難であるならば、本件装甲車の運転車が後方の安全を確認しながら進行することが困難であり、しかもエンジン音が高くて車外から大声で呼びかけても運転者に届かないのであるから、不測の事態により装甲車を停止させる必要のある場合に備えて無線機器を使用するなど、適当な意思伝達手段を講ずべきであり、それらの手段を講じなかつた本件においては、その点に債務不履行があつたものと認めざるを得ない。〈以下、省略〉

(小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

逸失利益計算(1)、(2)〈省略〉

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